バレーボールはいつどこで生まれて、 どのように発展してきたのでしょうか
■ バレーボールの始まり
スポーツの起源は、相撲やレスリングなどの格闘技や、 お祭りの行事が発展し、ルールが作られたものだと いわれています。
サッカーもそのひとつで、もともとは、イギリスで、村と村が対抗して、牛の内臓 をけりあってどちらかの門まで運ぶ祭りがはじまりでした。
しかし、バレーボールはもともとあった何かが発展して生まれた のではなく、「女の人もお年よりも楽しめるスポーツはないかなあ」と思って、新しく作ったスポーツな のです。
1895年、アメリカのYMCA(キリスト教の社会奉仕団体)でW.G.モーガンという人が、バレー ボールを発明しました。そのころのアメリカでは室内スポーツと して、バスケットボールが大流行していたのですが、
(1)人と人がぶつかるのでケガをしやすい
(2)お年よりや女の人には運動量が多すぎる。
という理由で、だれでも気軽に楽しめるスポーツが必要だということで、W.G.モーガンがバレー ボールを考
え出しました。
■ 初めのころのバレーボール
W.G.モーガンは、テニスやバドミントンを参考にしてバレーボー ルを作りました。
最初から「バレーボール」という名前ではなく 「ミントネット」(Mintonette)という名前でした。言葉の意味は「バドミントン」の「ミントン」と同じではないかといわれています。
この「ミントネット」はYMCAの体育教室のような場所で行われ、ルールは今と違うものでした。
○ゲーム:
9イニング制。 1人対1人の場合サーブは1回づつ、2人対2人の場合は2回づつ、 3人対3人以上の場合は3回づつとし、サーブ権は味方チームが返球に失敗するまで与えられました。
このころは野球のようにイニング制をとっていました。例えば、3人以上で行われる場合、1回の表は自分のチームの3人が順番にサーブし、1人目のときに返球に失敗すれば1ア ウト、2人目のときに返球に失敗すれば2アウトというふ うに進められ、3アウトまでに何点入れられるかを競うというルールでした。
○コート:
7.62m×15.2m (現在は 9m×18m)
○ネット:
1.83m (現在は 男子2.43m 女子2.24m)
○ボール:
ゴム製の空気球を皮かキャンバスで覆ったもの。 円周63〜68cm、重さ255g〜340g (現在は 円周65〜67cm、重さ260g〜280g 5号)
○サーブ:
片足でエンドラインをふみ、手で打つ。1回失敗しても もう1度チャンスがもらえる。相手コートまでサーブが届きそうにないとき、味方がそのボールを打って 相手コートに入ればOK。ネットに当たって相手コートに入ったものはサーブミス。
○人数:
人数制限なし (現在は 6人制 もしくは 9人制)
○ネットボール:
ラリー中にボールがネットに当たると相手の得点になる。しかし、ネット以外の何か(壁など) に当たるのはOK
■ 普及するバレーボール
だれでも気軽に楽しめ、しかもラケットなど特別な道具が必要ないバレーボールは、YMCAを中心として全米に広まりました。 ルールもNCAA(全米学生スポーツ協会)と共同して整備され、この頃から「ローテーシ ョン」が導入されました。1922年には全米大会が開かれるなど非常に普及した時期だといえます。 下は当時のおもなルールの改正点です。
○コート:10.67m×18.29m (現在は 9m×18m)
○ネット:2.44m (現在は 男子2.43m 女子2.24m)
○人数:6人 (現在は 6人制 もしくは 9人制)
○得点:イニング制を廃止、15点制とする
○ローテーション:サーブ権が移動したときに行う
○プレー:3回以内のプレーで相手に返球しなければならない
■ 本格的な競技となる
1927年YMCAを中心に組織されていたバレーボール団体は、外部にも門戸を開き、組織を整備し、アメリカ合衆国バレーボー ル協会(USVBA)として活動を始めました。 このころには本格的な競技としてバレーボールは市民権を得、ボー イスカウトの野外活動レクリエーションの一環としておこなわれ たり、路上にネットを張り街角でストリートバレーボールをする 人たちが出てくるほどの人気でした。競技志向が高まると共に、女子には女子のルールがあったほうが 良いのでは?という声が出始め、女子専用ルールが出来ました。 下はそのルールです。
○ネット:2.13m (現在は 2.24m)
○人数:9人を基本とする (現在は 6人制 もしくは 9人制)
○パス:自コートでのパスの回数は制限なし (現在は 3回まで)
○ゲーム:15分から20分のハーフ制 (現在は ラリーポイント 25点制)
■ 世界に広まるバレーボール
1930年代半ばになると、若い人たちの競技者が増えました。初めて全米大会が開かれた1925年の優勝チームの平均年齢は39歳でしたが、 1935年のそれは24.5歳と大変若返ったことがわかります。 もともと、だれでも楽しめるスポーツとして出来たバレーボールの 競技者は中高年が多かったのですが、競技志向が高まり、スポー ツとして成熟してきたため、若い人たちが多く参加するようになっ たのです。これに伴い、プレーの質も緩やかな放物線を描くボー ルの応酬から、ドライブをかけた直線的なラリーに変化し、スピー ディーでダイナミックなスポーツになったのです。 このころには、世界各国でバレーボールが行われるようになり、 1936年には国際統括組織を作ろうというところまで来ていたので すが、第二次世界大戦のため先送りとなり、結局、1947年4月20日 に国際バレーボール連盟(FIVA)が発足しました。 そこで、国際ルールを作り、ほぼ現在と変わりないルールが制定されました。
○性差:男女によるルールの違いはネットの高さのみとする
○ネット:男子2.43m・女子2.24m
○アタックラインを設け、バックプレーヤがライン内でネットよ りも高いボールを相手コートに返してはいけない
○ジャンプサーブの承認
■ 観客も楽しめるバレーボールへ
バレーボールは、1964年のオリンピック第18回東京大会で正式種目となりました。この大会で女子日本代表は優勝し、東洋の魔女というニックネームがつくほどの人気と強さで世界を席巻しました。
この後、会場の観客やテレビで観ている人も分かりやすく楽しめるようにルールが改正され今日にいたっています。
1965年 ブロックのオーバーネットを許容
1970年 アンテナの設置
1973年 センターライン踏み越しの緩和(踏み越し禁止から、センターラインに足の一部でもかかっていたら反則とはならないとした。)
1977年 アンテナ位置の変更 (20cm内側に寄せた)
1977年 ブロックのワンタッチをカウントしない
1989年 サーブブロックの禁止
1995年 レシーブのダブルコンタクト(ドリブル)の許容(相手から来たボールのみ)
1995年 ひざから下でのプレーの許容 (ボールをキックしてもOK)
1998年 ラリーポイント制の採用
1998年 サーブのネットインはプレー続行とする
2000年 リベロ制の採用
■ おわりに
バレーボールのはじまりと発展を見てきましたがいかがでしたでしょ うか? 一人の体育指導員が100年以上前に発明したスポーツをい まや全世界で行っていることはおどろきです。 ちなみに、日本には1913年、やはりYMCAのF・H・ブラウンと いう人が、東京神田のYMCAで紹介したのが始まりといわれて います。また、スパイクを発明したのはフィリピンで、1917年フィ リピンと対戦した日本チームは、「球をネットの側でポンと軽く上げて、そをスマッシングする遣り方などは知れ渡っていなかった のです」とおどろいていたそうです。
参考文献
平凡社 水谷豊 「バレーボール その起源と発展」
VリーグHP:http://www.vleague.net/aboutv/column/insidestory/007.php
JOC HP:http://www.joc.or.jp/sports/volleyball.html
保護者の皆様へ
バレーボールガイドは、小中学生の皆さんに、バレーボールを通じ、「喜び」「楽しみ」「悔しさ」などを体験していく中で、友情や協調性、また強い体と心などを育み、フェアな精神を持つスポーツマンとして成長することを願っております。 |
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